2023年8月25日、無菌医薬品の製造に関するEU GMP(Good Manufacturing Practice)Annex 1の改訂版が施行されました。Annex 1は無菌充填操作を含む医薬品製造に対して広範な影響を及ぼす規制文書です。当記事では、製薬企業が考慮すべき点や、当社のような機器メーカーがこの改訂にどう対応していくかについて概説しま。
2023年8月25日、無菌医薬品の製造に関するEU GMP(Good Manufacturing Practice)Annex 1「無菌医薬品の製造」の改訂版[1]が発効しました。Annex 1は無菌充填操作を含む医薬品製造に対して広範な影響を及ぼす規制文書です。今回の改訂版では、前版の16ページから58ページに文量が増え、バリア技術に関する内容も大幅に拡張しています。
一貫しているのは、最高の製品品質を目指すための方向性です。第一の目標は、製品の汚染を防ぐことです。1年間という比較的長い移行期間(凍結乾燥機の製品投入/搬出については2年間)が設けられたのは、新規設備の導入や既存設備への後付けといった形で、規定が実際に履行されることへの期待があります。
Annex 1はEUのガイドラインですが、世界中の製薬業界に影響力を持っています。EUに輸出される医薬品の製造工程も対象になることや、EMA、WHO、PIC/Sといった国際的な医薬品規制機関の協力のもとで発行されているため、世界的に重要性が認識されています。
当記事では、製薬企業が考慮すべき点や、当社のような機器メーカーがこの改訂にどう対応していくかについて概説します。
バリア技術を重視
改訂版では、無菌プロセスエリアから作業者エリアを分離するという考えが根底にあります。適切なバリア技術の使用が初めて明確に推奨されており、アイソレーターとRABS(Restricted Access Barrier System)はいずれも要件を満たすとされています。新規製品の承認には、少なくともRABSの導入が必要となり、既存のクリーンルームラインでの新規製品の承認は例外的な場合に限定されます。
製薬企業は新規製品に向けて、既存のクリーンルームのラインにRABSを後付けするか、アイソレーター(またはRABS)を設置した新規充填機の投資をするかの決定を迫られています。自動除染工程や作業者エリアとの差圧を設けられるアイソレーター技術は、より高い安全性を担保するもので、新たな「スタンダード」になると考えられます。RABSは、頻繁に製品交換が行われたり、熟練の作業者が使用したりする場合に採用されていくでしょう。
無菌性に関する課題
Annex 1の要件に従って無菌性を確立・維持するため、製薬企業は汚染リスクを分析し、その結果を対策とともに汚染管理戦略(Contamination Control Strategy:CCS)として文書化する必要があります。Annex 1 第2章では、自動化とロボットシステムが「適切な技術」として強調されています。これらの最新技術を利用することで、バリアシステムにおけるグローブや人による介入を極限まで低減、さらには排除することも可能です。
グローブには多くの課題が伴い、例えば長期間の生産運転中に追加のグローブテストをしなくてはなりません。しかし、従来のグローブテスト機器でこれを行うと、無菌室の完全性にリスクが生じます。改訂Annex 1では、グローブがRABS環境に曝露された場合、速やかに高度な殺菌を行うことが求められています。この要件は、無菌操作によるセットアップや生産中のドア開放を伴う介入にも適用されます。
最終段階の作業はドアを閉鎖して行う必要があるため、殺菌プロセスは難しい作業となります。同時に、殺菌剤は包材、部品、施栓前の製品に影響を及ぼしてはなりません。このような操作を行う際、ロボット技術を搭載したグローブレスシステムへの移行が最終目標となります。
シンテゴンの新製品Versynta microBatch(バーシンタ マイクロバッチ)2は、このようなグローブレスシステムの一例です。少量バッチ向けの当システムは、1時間当たり120~500本の処理能力で、100% IPCを採用し、製品ロスもほとんどありません。
ファーストエア(First Air)
Annex 1はエアフローについても明確な要件を設定しています。すべてのクラスAエリアで、オープン型のアイソレーターおよびRABSに一方向気流(Unidirectional Airflow: UDAF)が必須となり、エアーの供給口から閉塞前の容器(製品)の間で遮蔽物があってはなりません。風速(0.45 m/s ± 20%)の測定は「working position」で行います。これは、充填、打栓、ガス置換など、品質に関わるクリティカルなプロセスが行われる機械上のエリアを指しています。UDAFには、潜在的な残留異物を製品から排除する役割があり、製品の高さでは低速でも確実に実施できます[3]。
製薬企業にとって新たな課題となるのが、EUのGMPガイドラインで初めて取り扱われた「ファーストエア」の原則です。ファーストエアとは、フィルター通過後の空気が、閉塞前製品や製品接触面に触れる前に遮蔽されてはならないことを意味しています。これにより、エアフローは乱流や汚染を引き起こすことなく製品に到達します。ただし、閉塞前の容器の真上に設置される充填針と充填針ホルダーのような例外もあります。これらは、充填時の製品ロスを発生させないための配置ですが、乱流を最小限にとどめるよう空気力学に基づいて設計されるとともに、個別に滅菌でき、無菌的に取付けできることが期待されています。
QRMとCCSを考慮する
改訂Annex 1では、さらに品質リスクマネジメント(QRM)と上述の汚染防止戦略(CCS)を重要なテーマとして取り上げ、リスクに基づく総合的なアプローチを重視しています。そして、製薬企業が自社製品に最適な製造工程を定義するように、より多くの選択肢を提示しています。
CCSは、直接的な生産工程で微生物、異物、エンドトキシン/発熱性物質による汚染を防止するための作業方法だけでなく、原料や部品、包材から最終製品に至るまでの製造工程全体を対象としています。これにより、全体的な汚染リスクを一貫して管理することが求められます。
QRMに関しては、装置メーカーにも責任があり、機械、機器および工程を適切に設計することが極めて重要です。機械サプライヤーである当社はこの点で充実したサポートを提供します。QRMの原則に従い、潜在的な品質リスクを積極的に特定し、科学的に評価・管理を行っています。クオリフィケーション・バリデーションにおける評価では、設計と手順の双方が正しく実施され、期待通りであることを確認します[4]。
展望
改訂Annex 1は無菌充填に大きな変化をもたらし、新たな基準を満たすために製薬企業には多くの対応が求められます。CCSおよびQRMが導入されたことにより、画一的なアプローチではなく、製品ごとの特定のニーズに対応したソリューションを開発・実施するための柔軟性が提供されています。ガイドライン施行後の早期段階では、あらゆる当事者 -製薬企業から審査官、機器サプライヤーまで- が、緊密に連携して意見を交換し、学び合うことが大事になります。改訂Annex 1が定着することは確実です。ある程度の課題や矛盾はあるものの、世界中の患者に最高品質の医薬品を提供するという意図は明確になっています。
執筆者
シンテゴンテクノロジー GmbH
アドバンストテクノロジー開発部門長
Dr. Johannes Rauschnabel
[1] EudraLex: The Rules Governing Medicinal Products in the European Union Volume 4 EU Guidelines for Good Manufacturing Practice for Medicinal Products for Human and Veterinary Use - Annex 1 Manufacture of Sterile Medicinal Products (2022)
[3] Air Speed Qualification: At Working Position or Working Level? Pharmaceutical Engineering, September/October 2023